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2008年2月25日 (月)

動画教材を考える

 動画教材を制作する際に考えたことをメモしておきたい。

 動画教材は、文章や静止画教材と比較して圧倒的に情報量を増やすことができる。わずかな時間の中に映像と音楽、言葉を入れることができる。だから、教師はついつい動画教材の豊富な情報によって学習者に「分からせよう」としてしまう。図1のように、動画教材そのもので学習者に理解させようとしてしまうのである。しかし、これでは主たる学習活動が見えないし、学習者は受け身の状態になってしまう。もちろん、テレビドラマや映画のように、学習者の情感に映像そのもので直接うったえることも可能ではある。しかし、そのためには計算されたストーリー展開と映像制作の技術が必要であり、プロの仕事の領域であろう。

 動画教材に必要なことは学習活動との関連である。それが見えないと授業にならない。
 
 そこで、動画教材を学習活動との関連で3つのパターンで考えてみた。
 
 図2は、学習者に学習活動によって「情報の欠乏状態」をつくる場合である。たとえば、6年社会科で「縄文人と弥生人が戦ったらどちらが勝つだろう?」という発問を教師が投げかける。学習者は、教科書や資料集を見ながら議論をすることになる。狩猟生活をしている縄文人と農耕生活をしている弥生人では、イラストなどでは縄文人の方が強そうに見えてしまう。しかし、武器の発達や次の古墳時代のことを考えると、人間同士の戦いがあったことが次第に見えてくる。そこで、最後にNHKの「にんげん日本史」の動画クリップ「縄文人と弥生人の戦い」を視聴させる。ここで、子どもたちは議論してきたことの妥当性を検証することができるのである。

 図3は、動画教材の視聴そのものが主たる学習活動になる場合である。たとえば、戦後食料難の日本における「あるデモ行進」を視聴させる。わずか20秒程度である。そして「何の映像なのだろう」と発問する。子どもたちは、映像の中に隠された情報を元に議論することになる。当然、教科書や資料集を使うことになる。「この時代」の状況やデモに参加している人々の様子から、それが「米よこせデモ」であることに気づいていくというものである。

 図4は、動画教材によって「方法」を理解させ、さらに「やってみよう」という意欲を高めるものである。私の今回のデジタル教材が、まさにこのパターンである。討論のやり方を「見て、やってみて、理解する」というものである。体育や音楽、図工などもこのパターンが多い。動画教材だけで理解させるのではなく、実体験を伴って実感的に理解させるというものである。

 以上、3つのパターンで考えてみた。要は主たる学習活動が動画教材との関連においてどのように位置づけられるのかということだろう。したがって、学習活動が見えないと教材の価値が見えない。指導案の作成に時間がかかったのは、その学習活動の記述を重視したからに他ならない。Douga1_2
Douga2
Douga3
Douga4

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