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2008年8月

2008年8月30日 (土)

メディアと言語活動 5

ホンモノで評価規準を明確にして「気づき」を増やす

 メディア創造の授業においては、実社会で実際に使われている「ホンモノ」を見ることが重要である。ポスターにしてもガイドブックにしても、そこには伝える側の工夫があるからだ。
 子どもたちは制作の過程でホンモノを見ることによって、その工夫点に気づくことができる。その気づきは、よりよいものを制作するための評価規準として機能する。
 たとえば、「印象を強めるためのキャッチコピー」「分かりやすいレイアウト」といったものである。

 ラフスケッチでアイデアを練り上げるときはアナログ的な作業となる。子どもたちは、そのときもキャッチコピーやレイアウトについてホンモノを参考にしながら考えていく。不思議なもので、ふだんは何も気づかなかったのに、自分が作るとなると様々なものが見えてくるようになる。文字の色一つとってみても、様々な工夫がなされている。「見る」ことによって「気づく」ことができるようになる。そして、前述した自己評価によって「気づき」を「言葉」にしていく。

 仕上げはデジタルで行う。デジタルのメリットは、ホンモノに近づけることができるようになるということだけでなく、試行錯誤ができるということもある。子どもたちは、ホンモノから得た評価規準で何度も改良していく。文字の色や背景の色を瞬時に変えることもできる。キャッチコピーなどの文章を入れ替えることも簡単である。何度も何度も繰り返し試すことで子どもたちの思考力は高められる。

 ホンモノがなければ、おそらくは一人よがりの作品となるだろう。子どもたちの満足感は低いままになってしまう。

2008年8月29日 (金)

「分析批評」による名画鑑賞の授業 締め切り直前

 以前お知らせしました「『分析批評』による名画鑑賞の授業」の注文が、あと2日で締め切られます。復刊であるがゆえに、2520円と少々高めの値段になっていて申し訳なく思っています。

http://www.meijitosho.co.jp/shoseki/shosai.html?bango=4%2D18%2D709608%2D6

 図工美術の本ですが、発問の方法は国語教育からヒントを得たものです。非連続型テキストを読むような国語科授業を創る上でも参考になると思います。

 Bunsekihihyoniyorumeigakans

メディアと言語活動 4

自己評価で学習者の内言を促す

 私のメディア表現学習の授業では必ず子どもたちは毎時間自己評価を行う。子どもたちは活動したことを記述するのではなく、活動して学んだことを記述していく。たとえば、「写真の写し方で印象が変わることを学びました。」といったものである。

 自己評価は知的な作業であり、継続的にトレーニングしていく必要がある。しかし、「やらせっぱなし」では力はつかない。教師が、子どもの「自己評価」そのものを評価しないとならないのである。
 教師が一人一人にコメントしていくことが理想ではあるが、それでは継続が難しい。そこで、次のようにした。

 ○よい自己評価には星印をつけるだけにする。
 ○次の時間に、星印のついた子どもたちを立たせて自分の自己評価の文章を読ませる。

 まわりの子どもは、それを聞くことで「自己評価の方法」を学んでいくことになる。すると、星印のついた子どもが増えていく。そこで、さらに良い自己評価には星に丸印をつける。(子どもたちは『星丸』とよんでいる。)次の段階では、星に丸印のついた子どもたちを立たせて読ませることになる。
 特定の子どもたちだけが立ってしまう状態にならないようにするために、いつもより伸びた子どもや、みんなとは違うことを書いている子どもに星印をつけることがある。
 さらに、コメントの欄は以下のようにした。

 コメントをはじめからいくつかのコメントを記入しておいてそれにチェックを入れるようにする。
 □ もっと書こう   □ 理由を書いて   □ 何を学んだの?
 □ 次の課題は?   □ がんばって!   □ 伸びています!
 □ よい自己評価   □ すばらしい

 このように、教師が評価していくと、子どもたちは自己評価カード記入をいやがらない。自分の「考え」を表した「文」が確実に評価されてもどってくるからだ。この星印を書くだけのシンプルな評価システムは、子どもたちの自信とモチベーションを高めていく。

 自己評価において評価すべき記述を以下の5点である。

① 自らの学びや気づきを明確にしている記述

  例:「ニュース原稿を書いてみて、文章を短くすることの大切さを学びました。」

② 自らの伸びを実感している記述
  
  例:「昨日よりも、話し合う力がつきました。」

③ 自らの課題を明確にしている記述
  
  例:「時間を考えていなかったので、終わりませんでした。次は時計を見ながらやりたいです。」

④ 学習内容と生活経験とをむすびつけた記述
  
  例:「今まで何も考えずにテレビを見ていたけれど、この学習で見方が変わりました。」

⑤ 友達からの学びを意識した記述
  
  例:「田中君が、いいねと言ってくれたので、話しやすくなりました。」

 子どもたちの自己評価の記述の中に上記のようなものがあれば、☆印をつけて返す。
 だが、一定の評価基準があるわけではない。いつも☆をとっている子どもでも、油断していると☆をとれないこともある。また、ふだん☆がとれない子どもでも、記述の中にいいところがあれば、○☆がとれるようにしている。つまり、マンネリ化しないようにしているわけである。

2008年8月28日 (木)

メディアと言語活動 3

協同学習で言語活動を活性化する

 メディア制作の授業では、私の場合、そのほとんどがプロジェクト型の協同学習である。子どもたちは常に協同作業を行う。
 協同制作のためには、頻繁に互いの意見を聞き合いながら決定しなければならない。たとえば、見出しの言葉を選ぶ場合、その根拠を仲間に言葉で説明しなくてはならない。また、文章の内容をそれぞれに推敲してよりよい文章に練り上げる場が生じることにもなる。つまり、協同学習は相互作用を促し言語活動を活性化させる働きがあると言えよう。

 教師側は、協同でこそ解決できるレベルの課題を設定しなくてはならない。また、それぞれが役割を明確にしてできるような学習活動を想定しなければならない。こういったことが、実は案外と難しい。

2008年8月27日 (水)

メディアと言語活動 2

撮影することで映像の文脈を記述できるようになる

 デジタルカメラの普及によって、子どもたちが写真を撮影するという活動が非常に増えた。写真の撮影は、機器の操作そのもので興味・関心が高まると考えられがちであるが、はたしてそうであろうか。

 子どもたちは「伝える」という課題意識をもって撮影をする。だから、その映像の文脈を述べることができるようになる。たとえば、本の多さを伝えるために撮影した図書室の写真を示しながら、「図書室には三千冊もの本があります。」ということを記述できる。つまり、撮影は写真の文脈を記述するための活動として重要なのである。
 人が撮影した写真は文脈を語ることができない。想像はできるが、撮影者の意図までは分からない。それを逆に利用すれば、写真の意味を語り合うという活動が展開できる。

 いずれにしても、具体的だが意味は曖昧なメディアとしての写真は言語活動にはかなり有効である。

2008年8月26日 (火)

メディアと言語活動 1

 一般的に国語科は「言葉にかかわらせるための教科」として捉えられている。たしかしに、「かかわる素材」としては言葉によるものが多かった。それは説明文であったり物語文であった。
 しかし、ここ数年は写真や映像、表やグラフといったものが素材として登場していきている。ここに抵抗を感じている教師が多いのは事実であろう。
 ましてや、それらを組み合わせてスライドショーやガイドブックを制作するといった「メディア創造の学習」には、教師の間でかなりの違和感が生じることは容易に想像できる。

 だが、メディア創造と言語活動は密接に関係していると思う。
 それを主張するためには整理が必要であろう。
 たとえば、第6学年の「みんなで生きる町」という国語の単元では、4人グループで提言のあるスライドショーを作成した。
 その学習の中で、子どもたちは以下のようなことをやっていった。
 (1)現実の意味づけ
 (2)言語による共有
 (3)個々の学びの記述
 (4)映像制作のための話し合い
 (5)提言のための作文
 (6)作文をまとめるための朗読
 (7)感情をこめた朗読
 (8)個々の作品へのコメント
 (9)学習全体を振り返るための
 
 子どもたちが、スライドショー作成のために言語活動を総合的に行っていることが分かる。もっとも、そのためには教師側の授業設計が必要になることは事実である。(つづく)Medialanguage

2008年8月25日 (月)

マッキントッシュ教育活用実技講座 9/13

さわってみよう! マッキントッシュ

主催:熊本大学教育学部情報教育研究会
共催:D-project
日時:9月13日(土)9時-11時30分
場所:熊本大学教育学部附属小学校3Fコンピュータ室
参加費:無料

■ 今回は実技講座!
 ICTが教育現場に広がらない理由の一つに、コンピュータの操作が面倒であることが挙げられます。しかし、操作が簡単であれば、それは生活の一部となります。教師が、コンピュータを楽しく使えるようになれば、教育への活用も広がっていくことでしょう。
 そこで、熊本大学教育学部情報教育研究会では、マッキントッシュ教育活用連続集中講座を一学期に開催しました。マッキントッシュOSは極めて操作が簡単だからです。また、ウインドウズも使えるようになり、活用の幅がぐんと広がりました。
 連続集中講座では、毎回30名を超える参加者が集まり盛会のうちに終了いたしました。参加した皆様方からの「続けてほしい」「実際にさわりながらやってみたい」というご要望にお応えするために、今回は実技講座を企画することにしました。キーワードは「さわってみよう」です。

■ デジカメ写真の活用
 実技講座の第一回目は、デジタルカメラのデータを管理・活用する方法を伝授します。学校で頻繁に使われるようになったデジカメの写真も活用次第では教材作成に役立ちます。また、スライドショーの制作も簡単です。

■ 準備物
 マックユーザーの方はご自分のマッキントッシュをぜひお持ち下さい。また、持っていない方のために、マッキントッシュを借りることにしました。(協力:D-project(デジタル表現研究会)
 コンピュータの活用に興味がある方は誰でも参加いただけます。デジタルカメラをお持ちの方は、ケーブルとともにお持ち下さい。また、USBメモリがあると便利です。
 申し込みは以下まで。(当日参加も大歓迎です。)
 熊本大学教育学部情報教育研究会 山口修一


Mac_hands_on
「mac_hands_on1.pdf」をダウンロード

2008年8月23日 (土)

デジタル教材作成研修

 熊本大学教育学部情報教育研究会では、デジタル教材作成研修会を企画した。しかし、当日は激しい雷雨を伴う大雨となった。5、6人も集まればいいかなと思っていたが、土曜日にもかかわらず13人も集合した。しかも、全員がマックユーザーである。
 
 目的は、デジタル教材を作成することによってiCTを活用した授業の研究をすることだ。もちろん、そうすることによって、コンピュータのスキルアップも目指す。しかも、デジタル教材コンテストにも応募するという一石三鳥の取組である。

 9時から10時までは、昨年度の入賞作品を全員で視聴して、すぐれたデジタル教材の条件を話し合った。それから12時までは、ひたすら制作。昼食をはさんで、午後2時から、それぞれの作品の途中経過を見てアドバイスをしあった。午後3時すぎから午後5時までは、ひたすら制作に没頭する。

 最初と途中の話し合いは、かなり役に立った。どんなアイデアでも客観的なアドバイスを受けることで、かなりブラッシュアップできる。これもまた、協同的な学習だといえよう。こんなことを休日に集まってやっている教師集団はめずらしいのかもしれない。


 Kyouzaisakusei
Kyouzaisaksei2

2008年8月22日 (金)

岡原小学校の校内研を終えて

 あさぎり町立岡原小学校の校内研に招聘された。いつになくものすごく緊張してしまった。
 しかし、職員の先生方から「英語のイラストカードを使っています。」「先生の本をもっています。」などと声をかけていただいて大変感激してしまった。このような学校でお話をさせていただくことは大変光栄なことであり、幸せなことだと思う。心よりありがたいことだと感じた。

 帰りは研究主任の先生にインターチェンジまでわざわざ送っていただいた。車中で「どうやって新しい授業を創られるのですか?」と質問を受けて、答えに窮してしまった。「同じことをやりたくないから。」といった内容の返答をしてしまったが、自分でも納得がいかないので、帰り道で考えてみた。

 コミュニケーションを「互いの間に意味を生み出すこと」と定義すれば、授業もまたコミュニケーションと言える。子どもと子ども、教師と子どもの間で意味が生み出される活動であるからだ。
 そう考えると、授業とは「教師が何かを上手に伝える行為」ではなく、「教室の全員が意味を生み出していく行為」と言えるかもしれない。
 私にとっては、授業は「武道」や「書道」のようなものではなく、どちらかといえば演劇やコンサートなどの「芸術」に近いものに感じる。(だから、「段位」はぴんとこない。)オーケストラの楽器演奏者のそれぞれの個性が入り交じりひびきあい、それがまた観客を感動させていく。教師は指揮者のような存在なのかもしれない。
 芸術では、技能だけではなく、創造性も要求される。常に新しい何かを創り出そうとしていくエネルギーが教育にも必要なのである。過去に「うまくいった方法」を再現してやってみると、今ひとつ盛り上がりに欠けることは多い。むしろ、うまくいくか分からないが、ぎりぎりまで考えてやった授業の方ががうまくいくことが多い。
 だから、いつも新しい授業を考えているのだと思う。過去にうまくいった方法も繰り返さない。どこか変えてやってみる方が楽しい。だから、授業の記録はできるだけ正確にとっておく。そして、自分の知識・技能と他の方法をあれこれと組み合わせて考えていく。このようなことをわくわくして考えながら授業を創っている。

2008年8月20日 (水)

「『分析批評』による名画鑑賞の授業」復刊決定

 昨日、復刊投票のお知らせをしましたところ、いきなり復刊が決定いたいました。あらためて、ネットの力を実感しているところです。
 皆様のおかげです。大変、ありがとうございました。

 現在は、明治図書のサイトでは追加注文を受け付けているようです。あと11日で締め切られます。興味のある方がいらっしゃいましたら、お早めにご注文下さい。

http://www.meijitosho.co.jp/shoseki/shosai.html?bango=4%2D18%2D709608%2D6

 18年前の授業ではありますが、今でも通用する内容だと思います。

2008年8月19日 (火)

「分析批評」による名画鑑賞の授業

 今から18年も前に「『分析批評』による名画鑑賞の授業」という本を出版しました。
 パソコンもプロジェクタも教室に普及していない時代に、スライドやOHP、カラーコピーなどを駆使して「鑑賞の授業」を実践してきたものです。
 内容としては、教師が解説をするのではなく、子どもたちに視点を与えて絵を読み取らせていこうとするものです。たとえば、「絵を見た感想を言いましょう。」という発問から出発して、「絵の中にどんなものが見えますか?」「どんな音が聞こえてきそうですか?」「季節はいつですか?」という問いかけによって、絵を見る視点をもたせていきます。
 しかし、当時の図工美術教育界では、ほとんど鑑賞は注目されていませんでした。ですから、初版本も売り切ることはできませんでした。

 ところが、ここ数年は鑑賞の授業は注目を浴びるようになってきました。今から5年前、NHKが私の「雪舟と水墨画」の授業を取材にきたこともあります。美術とは、制作と鑑賞が一体となって生まれるものです。制作だけに偏った授業から、進歩していったのかもしれません。

 この「『分析批評』による名画鑑賞の授業」は、絵を言葉にしてそれぞれの読み方の違いを交流するという意味で、おそらく当時としてはめずらしい実践だったのだと思います。ここ数年になって、この本がほしいという意見を聞くようになりました。すでに絶版となっております。私自身も、たったの一冊しか持っておりません。

 そのようなご意見を活かすために、明治図書では「復刊投票」というものを行っております。先日、ランキングを見たら、「『分析批評』による名画鑑賞の授業」が第5位になっておりました。驚きました。
http://www.meijitosho.co.jp/shoseki/shosai.html?bango=4%2D18%2D709608%2D6

 あと15票が入ると、18年ぶりに復刊ということになります。当時1450円だった本が復刊では2520円にもなってしまいます。また、授業実践としては、かなり問題のあるものもあります。著者名も旧姓のままです。
 それでも、興味のある方がいらっしゃいましたら、投票いただけると幸いです。
 映像と言語を往復することの面白さがご理解いただけると思います。Bunsekihihyoniyorumeigakans

ADE Camp

 この夏季休業期間中、研修の中でももっとも印象の残ったのは、ADE Campである。ADEプログラムは以下のように記されている。

 Apple Distinguished Educator(ADE)プログラムは、教育的な優秀さとリーダーシップに焦点化されたプログラムです。ADEは、教育的なテクノロジーリーダーシップを認められた専門知識を備えている幼稚園・小中学校から高等教育までの専門家によるグループメンバーです。1200人以上の教育者のこのグループは、米国、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、日本、ラテンアメリカ、アジアでメンバーシップとして地球規模で広がります。(訳:前田)

  ICTを教育の現場に推し進めていくためには以下の4者の相互支援が欠かせない。
 1、教育者
 2、研究者
 3、開発者
 4、教育行政
 このどれか一つ欠けていても、ICTの推進はできない。児童・生徒を育てる教育者としての現場教師、実践事例を意味づけ知見を深め広げるための研究者、ソフトやハードを改善し技術を提供していく開発者、そして、予算を確保し環境を整備していく教育行政である。
 この四者が相互作用し新たなものを創造していくような場が必要である。教育工学関係の学会や研究会は、その場を提供してくれている。ADE Campは、まさにそのように意味で大変な刺激を受けた会であった。

2008年8月17日 (日)

悪いワークショップ・良いワークショップ 3

 ワークショップの参加者によっても、その効果は異なる。だから、一概に「ワークショップの善し悪し」を決めることはできないだろう。
 だが、あえてタイトルを「悪いワークショップ・良いワークショップ」としたのは、あまりにも安易なワークショップが多い気がしていたからである。グループで話し合って発表して終わりといったものだ。
 また、自分自身がワークショップを主催する側になることが多くなってきたので、一度整理する必要があると判断したからでもある。

 ワークショップの意味は「グループによる参加体験型講座」ということになるだろう。このような講座の中では、主催者側が考えておかなければならないいくつかのポイントがある。
 まず、一つ目は、「その体験で何を引き出すか」ということである。前述した「映像制作」ということであれば、「音楽の効果」「映像の順番」「文字と映像の差異」「TVコマーシャルの効果的な表現」といったことになるだろう。
 二つ目は、「参加者間でどのような相互作用が期待できるか」ということだ。たとえば、「映像編集の知識・技能」ということもあるだろう。また、感じ方の違いを話し合うことによって、「映像から受けるイメージの違い」も共有できる。
 三つ目は、「学びの振り返りをどう行うか」ということだ。グループでのアイデアを発表させるだけでは不十分である。「体験によって何に気づいたのか」ということをディスカッションすることによって、自らの気づきが明確になっていく。そのためには全体での振り返りの場面が必要不可欠になる。

 このようなことを考えることは、授業を考えることとかなり共通している。上述した三つは「言葉」というキーワードで重なり合う。共通の課題を解決するためには言葉による相互作用が不可欠であり、体験をふりかえるためには言葉にして話し合わなくてはならないからである。
 新学習指導要領が「言葉の力」に重点を置いたのは頷けることだ。

2008年8月16日 (土)

悪いワークショップ・良いワークショップ 2

 ワークショップの会場は、美しい清流が流れる黒川と自然に囲まれた温泉町である。その良さをアピールするために、メンバーで話し合って水や光を撮影していこうということになった。1時間ほど歩き回りデジタルカメラで撮影していく。
 また、デジタルカメラの動画機能を使って「水の流れる音」「セミの声」なども「録音」していった。以前参加したワークショップで「音」が重要な要素になることを教えてもらっていたからである。
 編集にあたっては、まず以前撮りためていたTVコマーシャルをメンバーで見ることにした。印象に残ったのは「ハウステンボス」と「黒川温泉」のホンモノのCMである。それらをあらためて見直すと、美しい映像と音楽、そして言葉が効果的に配置されていることに気づいた。写真は具体的だが意味は曖昧な情報である。一方、文字は抽象的だが意味は明確である。これらの配列を考えていくことが重要な要素であることを発見したのである。
 キャッチコピーも重要だ。映像を見る人にとっては「名所の名前」よりも、むしろ「意味」を伝えた方がよい。どのような視点でこの映像を見てほしいか、ということが映像の直前の言葉で決定づけられる。たとえば、「大人の夏休み」という言葉が出てくれば、その次の映像はその視点で見られることになる。
 また、実際に制作していきながら、写真をフェードインアウトでつなぐ場合と、全くエフェクトを使わない場合とでは映像のテンポやおだやかさに違いが出ることが分かった。さらに、写真と写真の間に黒い映像を入れるか入れないかで、写真の印象が異なることも大きな気づきであった。
 やはり「音」は重要な要素となった。音楽は言うまでもないが、「セミの声」は文字だけの黒い画面に入れることにした。そのことによって「音」がさらに強調されるのである。試行錯誤しながら考えていくと、様々なものが見えてくる。これがデジタルの良さであり、グループで話し合いながら進めていく良さなのだと思う。
 私のグループの作例(ネット向けに縮小したもの)を掲載させていただく。「黒川温泉:水の里編kurokawaonsen01.mp4」と「黒川温泉:自然の声編kurokawaonsen02.mp4」である。(つづく)Kurokawa_1
Kurokawa_2
「kurokawaonsen01.mp4」をダウンロード

「kurokawaonsen02.mp4」をダウンロード

悪いワークショップ・良いワークショップ 1

 最近は、様々なワークショップが開催されるようになった。セミナーに参加者する人たちが受け身ではなく、積極的に参加できるようになるので多くなったのだろう。しかし、ワークショップには、悪いものと良いものがあるように思える。

 悪いワークショップに共通することは、活動の前と後とで参加者には何も「気づき」が生じないということだ。参加者は課題に沿って話し合い、最後に発表をするだけだ。一見、積極的に話し合っているが、単なる情報交換にすぎない場合がある。課題は何も解決していない。
 たとえば、数年前「学習指導案をつくろう」というワークショップに参加したことがある。参加者は自分たちが事前に作成しておいた指導案を持ち寄り一つの指導案を模造紙に書く。しかし、特にそれを共有する場もなければ、必然性もない。「書いて終わり」なのである。模造紙は目的もなく掲示されていた。

 良いワークショップは、活動をすることによって、参加者の気づきを促していく。あるいは、参加者がもっている知識や技能を共有できるようになる。そのためには課題の設定が極めて重要だ。課題は易しすぎても難しすぎてもいけない。参加するメンバーが、それぞれの知識や技能を共有できるものが望ましい。また、「どうして、そのように考えたのか?」「活動してみて、どのようなことに気づいたのか?」といったことをディスカッションする時間が重要だ。参加者の気づきを共有する場の設定がワークショップの意義を浅いものにも深いものにもする。
 熊本県市情報教育研究会では、南小国中学校に集合して阿蘇の黒川のよさを伝えるようなスライドショーを制作するというワークショップを行った。しかも、同じ場所・同じ時間、同じ人物が撮影した写真でも、伝え方によって全く異なった印象を与える二つの作品をつくるという条件つきである。最後は、黒川温泉組合のトップの方にその作品を審査してもらうという極めてリアルな目標もあった。このワークショップは、自分にとって「気づき」が多いものになった。(つづく)

2008年8月12日 (火)

学習指導要領解説国語科 言語活動例 高学年

 高学年の活動例。「報告」という言葉がキーワードになりそうだ。また、「新聞を読む」というのも面白い。これもどんな単元として登場してくるのか興味深いところだ。

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第5学年及び第6学年

「A話すこと・聞くこと」
ア資料を提示しながら説明や報告をしたり,それらを聞いて助言や提案をしたりすること。
イ調べたことやまとめたことについて,討論などをすること。
ウ事物や人物を推薦したり,それを聞いたりすること。

「B書くこと」
ア経験したこと,想像したことなどを基に,詩や短歌,俳句をつくったり,物語や随筆などを書いたりすること。
イ自分の課題について調べ,意見を記述した文章や活動を報告した文章などを書いたり編集したりすること。
ウ事物のよさを多くの人に伝えるための文章を書くこと。

「C読むこと」
ア伝記を読み,自分の生き方について考えること。
イ自分の課題を解決するために,意見を述べた文章や解説の文章などを利用すること。
ウ編集の仕方や記事の書き方に注意して新聞を読むこと。
エ本を読んで推薦の文章を書くこと。

セミナーで感じたこと

 札幌、東京、大阪、東京とセミナーを回って、2週間ぶりに自宅に戻った。
 様々なセミナーで感じたことは、主催する側の苦労である。どのセミナーでも、企画する人がいるし、準備をする人がいる。少しでもセミナーを充実させたい、参加者に来てよかったと思ってほしいと考えている。

 われわれ教師にとって「学ぶ場」がたくさんあることは幸せなことだと思う。しかし、それは、様々な人たちの努力の上に成り立っている。みんなが教育に期待している。すばらしい日本人を育てたいと考えている。だから、主催者も真剣なのである。

 教師は、そうした人たちの期待に応えなくてはならない。そんなことを強く感じた2週間であった。(といっても、明日はまた羽田空港行きなのだが・・・。(T_T))

2008年8月10日 (日)

学習指導要領解説国語科 言語活動例 中学年

 間があいてしまったが、学習指導要領解説の国語科の言語活動例を抜粋して整理したい。
 面白いのは、「図表や絵,写真などから読み取ったことを基に話したり,聞いたりすること。」という活動だ。教科書では、どのような単元になるのだろう。

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第3学年及び第4学年

「A話すこと・聞くこと」
ア出来事の説明や調査の報告をしたり,それらを聞いて意見を述べたりすること。
イ学級全体で話し合って考えをまとめたり,意見を述べ合ったりすること。
ウ図表や絵,写真などから読み取ったことを基に話したり,聞いたりすること。

「B書くこと」
ア身近なこと,想像したことなどを基に,詩をつくったり,物語を書いたりすること。
イ疑問に思ったことを調べて,報告する文章を書いたり,学級新聞などに表したりすること。
ウ収集した資料を効果的に使い,説明する文章などを書くこと。
エ目的に合わせて依頼状,案内状,礼状などの手紙を書くこと。

「C読むこと」
ア物語や詩を読み,感想を述べ合うこと。
イ記録や報告の文章,図鑑や事典などを読んで利用すること。
ウ記録や報告の文章を読んでまとめたものを読み合うこと。
エ紹介したい本を取り上げて説明すること。
オ必要な情報を得るために,読んだ内容に関連した他の本や文章などを読むこと。

2008年8月 8日 (金)

感性はなぜ必要か?

 前述したDeSeCo(Definition and Selection of Competenites)は、キーコンピテンシーを3つに区分している。
 その3つとは以下である。
1、Use tools Interactively(道具を双方向的に使用できる能力)
2、Interact in heterogeneous groups(異質な人々と相互に関わり合う能力)
3、Act autonomously(自立的に行動する能力)

  InSEAのシンポジウムでも、このDeSeCoの主張が話題になっていた。「感性」といった美的な能力が、この中に含まれていないのも要因であろう。

 一方、新学習指導要領の図画工作の目標では,「感性を働かせながら」が新たに加えられた。

 感性とは何だろう。大辞泉では次のように説明してある。
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1 物事を心に深く感じ取る働き。感受性。「―が鋭い」「豊かな―」
2 外界からの刺激を受け止める感覚的能力。カント哲学では、理性・悟性から区別され、外界から触発されるものを受け止めて悟性に認識の材料を与える能力。
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 また、新学習指導要領解説では次のように述べられている。
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「感性を働かせながら」は,今回新たに加えた文言である。これは,表現及び鑑賞の活動において,児童の感覚や感じ方などを一層重視することを明確にするために示している。
「感性」は,様々な対象や事象を心に感じ取る働きであるとともに,知性と一体化して創造性をはぐくむ重要なものである。表現及び鑑賞の活動においては,児童は視覚や触覚などの様々な感覚を働かせながら,自らの能動的な行為を通して,形や色,イメージなどをとらえている。これを手がかりに児童は発想をしたり,技能を活用したりしながら,自他や社会と交流し,主体的に表現したり,よさや美しさなどを感じ取ったりしている。「感性を働かせながら」とは,このような児童の感覚や感じ方,表現の思いなど,自分の感性を十分に働かせることを示している。

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 「感性」を否定する人はいないだろう。しかし、「感性」は、DeSeCoが主張するキーコンピテンシーには含まれてはいない。
 図工美術科は、感性がなぜ必要なのか、ということに関して説得力のある説明を行っていく必要がある。

2008年8月 7日 (木)

iPhoneで学習指導要領を持ち歩く

 いつでもすぐに読めるようにしたい資料というものがある。たとえば、学習指導要領や各教科の解説。中央教育審議会の答申やOECD関連の資料などだ。これを紙で持ち歩くのは不可能だ。だから、そのほとんどがコンピュータの中に入っている。しかし、必要なときにコンピュータをいちいち開くのもめんどうである。
 iPhoneのアプリケーションの中にFileMagnetというソフトがある。これはコンピュータの中のファイルをiPhoneの中に瞬時に転送してしまうソフトだ。これは、実に簡単。Wifiでつながっていれば、あっという間に転送してしまう。だからオフラインでも、資料がどこでも読めるのである。
 だから、学習指導要領もその解説も中央教育審議会の答申も重要な資料はすべてiPhoneで読めるようになった。しかも拡大可能なので、読みやすい。


Filemagnet
Filemagnet2
Filemagnet3
Filemagnet4

2008年8月 6日 (水)

国際美術教育学会世界大会で

 国際美術教育学会(InSEA)は刺激的な会である。世界の美術教育学者が、心理学や教育学の視点から様々なアプローチをしているからである。

 10年前、InSEAは東京で開催された。その時、DBAEについて発表する人を事前に調べて、学会の前にメールを出した。Melanie Davenport先生という。彼女とInSEA東京で出会って、意気投合した。ずっと語り合って、国際交流プロジェクトを企画した。そのプロジェクトは成功。その翌年の春休みにワシントンDC開催されたNAEA(全米美術教育学会)に参加することになった。そのような経緯もあって、InSEAは忘れられない思い出を創ってくれた場であった。

 そして、昨日のInSEA大阪大会。Melanie Davenport先生が発表するのを知って、いそいで発表会場に駆けつけた。おたいがいを見つけるとその場で抱き合い10年ぶりの再会を喜んだ。本当にうれしい瞬間であった。Melanie先生も私を捜していたという。
 彼女の発表は、メキシコの小さな村に昔から伝わる民話を、現地の高校生がクレイアニメーションにしたというものだ。彼女が準備したのはiMacとビデオカメラ。高校生は、協同してストーリーボードを作成してすばらしいアニメーションを作り上げた。この実践は伝統とテクノロジーを融合させたばかりではなく、粘土の造形、音楽、台詞など様々な要素が統合されたものであった。彼女のアイデアから学ぶことは多い。
 昼食は、寿司屋さんで2時間ほど情報交換した。おたがいの作品がデジタルなので、すぐに交換できるところが便利である。また一緒に何かやりましょう、ということで別れを惜しんだ。Insea

2008年8月 5日 (火)

国際美術教育学会世界大会2008in大阪

 8月5日の午前中は、全国図画工作・美術教育研究大会。大会運営委員長の山本啓介先生の提言が心に残った。紀要から引用させていただきたい。

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 ここ十数年、子どもの「思いのままに」流の授業が展開され、一つの儀式・やり方として流行した。教師は支援に、子どもには主体性の名のもとに「思いのまま」を求め、文字通りの何でもあり、子どもの育ちを置き去りにしたいわゆる「楽しい授業論」である。
(中略・・・前田)
 また、この時期を過ごした現在の大学生にメダカを描かせると、3分の1は無限大記号の線描となり、朝顔の葉は桜葉と類似し、蝶を描かせると軍配の図柄となった。
 生活の中で見取ること・感じ取ることを心の中の形象に高める力が弱く、自らの心に描きつづけもつイメージ力の「育ち」の残薄さがその背景にあると考えられる。
 子どもの「思いのままに」流の授業が引き起こした一つの教育結果であり、学校教育はこれら時代を過ごした全国の子どもたちに謝らなければならない。
(後略・・・前田)
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 あるデータによると、小学校の教師がもっとも教材研究に時間をかけるのが「国語」であり、全体の3分の1をしめていた。その次が「算数」。次が「社会」と続く。そして、一番最後に申し訳程度に残っていたのが「図工」であった。「図工」は図工美術の専門以外の教師にとっては「もっとも教材研究に時間がかからない教科」となっているのである。
 このままでは、図工の教科としての時間は残っていても、その教育内容はどんどん薄っぺらなものになっていくのではないだろうか。図工美術教育は、もっと自らの教科の重要性を主張しなけらばならない。

 この日の午後は、場所を変えて国際美術教育学会世界大会。さすがに世界レベルになると内容が幅広い。
 全体会の基調講演の中で、米国のBrent Wilson氏は視覚文化としての日本のコミックを取り上げ、台湾のLin Mun-Lee氏はCGを駆使したアニメーションを紹介した。
 各部屋で行われる発表内容も、漫画や映像などがテーマとなっているものが多い。8月9日までの全ての発表を聞きたいところだが、6日の夕方には東京に戻らなければならない。残念!!
 

2008年8月 4日 (月)

全国図画工作・美術教育研究大会 in 大阪

 今日は大阪。昨日までは東京で国語のワークショップをひらいていたのに、今日は、大阪で図工のコメントをするという変な役回りだ。

 国語科の学習指導要領の解説と図画工作科のそれとを読み比べてみると面白い。それぞれの教科が、表現や鑑賞(情報の受け取り)の対象としているものの違いが分かる。

 国語科は以下である。
 古事記,日本書紀,風土記などに描かれたものや,地域に伝わる伝説
 実際の本の紹介文,本の帯,広告カード(ポップ)などの実物
 本や文章,パンフレットやリーフレット,
 雑誌や新聞,音声や映像,
 インタビューやアンケートなど
 図表や絵,写真などの資料
 インターネットなど様々なメディア
 実物や映像
 コンピュータのプレゼンテーションソフト

 一方、図画工作科は以下である。
 楽しい入れものや家族や知人へのプレゼント
 印刷物や絵ハガキ
 食器や家具,
 ポスターやネオンサイン,造園,建物,工芸品や衣服,様々な用具などの身近にある造形品
 写真やアニメーションなどの児童が興味や関心をもてる映像メディアなど

 もっとも図画工作科の場合、材料や道具は細かく記してあるものの、表現する対象については、あまり限定されていない。そこは自由度が高いとも言える。

 しかし、以下のようなことは図画工作でも扱えるのではないか。

 パンフレットやリーフレット,
 雑誌や新聞,音声や映像,
 図表や絵,写真などの資料
 インターネットなど様々なメディア
 実物や映像
 コンピュータのプレゼンテーションソフト

 少なくとも、これらのことは、伝えるため文字情報だけではなく、美しくレイアウトする工夫や、映像などの非言語情報を活用する工夫も必要だろう。

 なんだか、国語科は、文字情報を超えて、ぐっと「拡張」してきているのに対して、図画工作科はぐっと「遠慮」しているように思える。実生活で使われているメディアをもっと取り入れるべきではないのか。
 図画工作科は、このままでいいのだろうか。教科としての「戦略」が私には見えない。図画工作の存在価値が、どんどん薄くなっていくように思える。

2008年8月 3日 (日)

国語とメディアを追究する夏季セミナー2008

 8月3日(土)に、国語とメディアを追究する夏季セミナーが開催された。主催は、国語と情報教育プロジェクトである。私もそのメンバーの一人。
 国語ではあるが、新聞や映像などのメディアを有効に活用して情報活用能力を育成することをテーマにしたセミナーであった。斬新な切り口であったと思う。
 私は、ワークショップC「非連続型テキストを読む」を担当した。ベネッセの資料「第4回学習指導基本調査」の中の「教員の日常生活」から解説文を削除した4ページ分の帯グラフを参加者に読み取ってもらうというものである。そして、最後は、そのグラフを提示しながら「教師の質や生活を向上させる主張」をプレゼンしてもらう。それを、わずか1時間で行うというものだ。時間配分は次のようになる。

13:00-13:10 PISA型読解プロセスの知識を得る(西田素子先生より)
13:10-13:25 学習のイメージをつかむ(事例報告:前田)
13:25-13:30 ワークショップの概要説明(前田)

***ワークショップ開始***
13:30-13:50 情報を取り出そう(気づいたこと等)
13:50-14:10 テキストを解釈しよう(知識・経験)
14:10-14:30 主張点をまとめよう(練習を含む)
  1グループ 2分間:はじめ(問題提起)→中1→中2→おわり(主張)
14:30-14:50 紙プレゼンで主張を発表しよう
14:50-15:00 ふりかえり (奥泉香先生より)
15:00-15:05 自己評価の評価について (前田)

 参加された先生方のレベルが極めて高かったので、わずか1時間でプレゼンまで完成した。

 自分なりに反省点も多く感じたので、忘れないうちにメモをしておこう。
 まず、1時間ではやはり時間不足であった。情報の取り出しと解釈まではできるのだが、それから焦点化して論理を構築するまでは、あと30分はほしい。そうしないと、文章化ができないからである。前半と後半では別の思考が必要なのである。
 それに関連して、ワークシートは原稿用紙だけにしていたが、やはり不親切であった。子どもたちに対しては、「型」にきっちりそったワークシートを使わせていただけに、ここは大人向けとはいえ、工夫が必要だろう。たとえば、「はじめ」「中」「おわり」の枠があるものだけでもよい。
 また、発表時間を2分に限定していたが、実際は3分から5分程度かかってしまった。もしも、きっちりとやるのであれば、時間を3分程度にした方がよいだろう。実物投影機のプレゼンも慣れないと難しい。
 さらに、実物投影機を使う場合は、カメラの下に枠を作っておくともっと使いやすかったであろう。

 色々と反省点も多かったが、参加者の先生の協力のおかげで終了できた。あらためて、その方々に感謝したい。

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 このセミナーは、私にとっては刺激的であった。なぜならば、私は国語科が専門ではない。新卒当時から行ってきたことは「鑑賞のための名画の読み取り」である。「『分析批評』による名画鑑賞の授業」という書籍も出版した。また、ここ10年ほどは、「情報教育」を研究の中心に据えていた。つまり、「図像の読み取り」「情報活用能力」という視点で「国語教育研究」に参加することになったのである。面白い巡り合わせだと思う。

2008年8月 2日 (土)

学習指導要領解説国語科 言語活動例 低学年

 新学習指導要領解説を読む。
 言語活動例というのが気になる。子どもたちの学習活動と情報活用の実践力と密接につながっているからである。ここでは抜粋して、整理しておきたい。

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第1学年及び第2学年

「A話すこと・聞くこと」
ア事物の説明や経験の報告をしたり,それらを聞いて感想を述べたりすること。
イ尋ねたり応答したり,グループで話し合って考えを一つにまとめたりすること。
ウ場面に合わせてあいさつをしたり,必要なことについて身近な人と連絡をし合ったりすること。
エ知らせたいことなどについて身近な人に紹介したり,それを聞いたりすること。

「B書くこと」
ア想像したことなどを文章に書くこと。
イ経験したことを報告する文章や観察したことを記録する文章などを書くこと。
ウ身近な事物を簡単に説明する文章などを書くこと。
エ紹介したいことをメモにまとめたり,文章に書いたりすること。
オ伝えたいことを簡単な手紙に書くこと。

「C読むこと」
ア本や文章を楽しんだり,想像を広げたりしながら読むこと。
イ物語の読み聞かせを聞いたり,物語を演じたりすること。
ウ事物の仕組みなどについて説明した本や文章を読むこと。
エ物語や,科学的なことについて書いた本や文章を読んで,感想を書くこと。
オ読んだ本について,好きなところを紹介すること。

2008年8月 1日 (金)

フレッシャーズ教師の教室づくり―基本のキが7位

 拙著「漫画で行動をイメージできる! フレッシャーズ教師の教室づくり―基本のキ」
 明治図書のサイトを見ていたら、ランキングで7位になっていました。
 漫画の本ですし、しかも若い先生向けの本なので、ちょっと心配しておりましたが、とりあえず大変うれしく思っております。
 本当に「基本のキ」的な内容です。
 読んでくださった皆様にあらためて感謝申し上げます。

 この本の続編は、「一斉授業の基本のキ」的な内容も考えていますが、「プロジェクト型学習や協同学習などの基本のキ」的な内容も入れる予定です。こちらも、がんばります。


 
 Fleshers

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