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2009年1月12日 (月)

「授業の準備の時間」を確保する 7

 石井竜生著「先生の集団逃亡が始まった」(清流出版)という本がある。日本の教師をかなり辛辣に批判した本だ。
 あれこれと対応策が練られているにも関わらず、教育の荒廃が止まらないことを指摘しながら、石井氏は次のように述べる。
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 「その最大の原因は、どのような教育改革論も、教師の力の買いかぶりの上にたって、現場に丸投げされているからだと思う。ゆとり教育、総合学習、英語教育などは、現場で指導する先生たちの実力に創意工夫がくわわって、はじめて成り立つ目標だ。
 ところが、現実はというと、先生たちは〝勉強が嫌い〟なのである。したがって、マニュアルが不備で、自分で創意工夫するしかない授業など、注文すること自体が無理なのだ。
 『先生の実力って、かなり低いですよ』」
            石井竜生著「先生の集団逃亡が始まった」(清流出版)
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 石井氏は、学校の警備員をやりながら体験したトンデモナイ事例を挙げている。読んでいて悲しくなるが、頷ける部分もないことはない。

 考えてみれば、教師は大学を卒業したらすぐに「先生」と呼ばれ、一人前の職業人として扱われる。教科書の指導書と教育雑誌・教育書を読むことだけが「授業の準備」だと考えていれば、教師の知的レベルは大学卒業と同程度か、それ以下になるだろう。

 私が中学生時代に、尊敬していた社会科の先生がいた。田中裕一先生という。中学1年の歴史の授業の第1時間目に、自分で復元させたという古代中国の磁器を見せてくれた。かけらを一つ一つ接着剤でつなぎながら、元の状態にしたという。その青白く光る小さな物体は神秘的であり、歴史を身近に感じたことを覚えている。
 田中先生の発言の一つ一つが知的で面白かった。しっかりした知識の上で歴史を語っているのが中学生でも分かった。後で分かったことなのだが、田中先生は社会科の実践研究で有名な教師であった。田中先生に教えてもらったことは、非常に幸運だったと今でも思っている。その先生は他界されたが、和井田清司氏が人文学会雑誌で「未完の教師修業」として田中先生のことについてまとめて下さっている。

 いかに「放課後の時間」が増えても、教師側に知的好奇心や向上心がなければ授業力の向上は望めないだろう。そのことをふまえた上で「授業の準備の時間の確保」を主張したい。

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