無料ブログはココログ

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

2010年5月29日 (土)

写真と学習 その11

 写真には通常,横長のものと縦長のものがある。われわれは,普段はあまり意識していない。撮影する際も,樹木のような縦に伸びている被写体の時は,縦に撮ることが多い。しかし,横長と縦長の効果の違いを意識して撮影することはほとんどないだろう。

 同じ被写体でも横長と縦長は違って異なった印象を与える。

 たとえば,次のような横長の写真。
Yoko_2

 同じ風景でも縦長にしてみると見え方が異なる。上の写真も縦長にすると次のようになる。

Tate_2

 より人物が印象的に見える。画面に占める人物の割合が大きくなるのもその理由の一つかもしれない。

 同じ写真なのにトリミングの仕方で異なった印象を受けるのはなぜなのだろう。

 河野鉄平氏は言う。

*****************************

 基本,日常的な映像はすべて「横」です。そういった意味では,写真でしか存在しない縦位置の世界は非常に特殊なものだとも言えます。総じて横位置は,押し付けがましくない広がりを持った優しい印象になります。一方,縦位置の場合,その被写体を力強く印象的に捉える傾向があります。

  (河野鉄平著「写真の撮り方 ハンドブック」(誠文堂新光社))
****************************

 


2010年5月28日 (金)

写真と学習 その10

 写真の数も重要なポイントだ。
 1枚の印刷物の中に複数の写真があれば情報量は多くなるがインパクトは弱くなる。
 たとえば,下のチラシ。
 4枚の写真が入っている。
Flier1

 もっとインパクトを強めるためには,写真の数を思い切って1枚に減らしてみる。
 もっとも印象的な1枚にしぼるわけである。

Flier2

 うんと目立つチラシになる。

 だからといって,写真の数が少なければよいというわけではない。
 たとえば,新聞折り込みに入っている家電品店や服屋のチラシはものすごい数の商品の写真が掲載してある。目立たせることよりも商品の情報(特に価格)を知らせたい場合は数が多い方がいいのである。

 一方,映画館等に置いてある映画のチラシは何よりも目立たせないとならない。だから,インパクトのある写真が1枚だけ使われることが多い。

 その印刷物の目的と置かれる場所によって写真の数は異なるのである。


2010年5月27日 (木)

写真と学習 その9

 国語の学習の中で、ガイドブックやパンフレット・リーフレットなどの印刷物が取り上げられることが多くなった。新しい学習指導要領の影響もあるのだろう。
 このような印刷物では写真が使われることが多い。その写真によって注目度にも違いが生じる。

 たとえば、ここに一枚のニューズレターがある。
Newsletter1_2

 同じものでも写真だけを変えてみる。
Newsletter2

 上と下のニューズレターでは、どちらが目を引くだろう。
 人によっても意見は異なるだろうが、下を選ぶ人が多いだろう。

 人間は無意識に「人の顔」に注目してしまうからである。

 これは宣伝広告でも利用される。宣伝する品物がテレビのような家電製品であっても、ポスターやチラシではイメージキャラクターが登場する。ソニーのブラビアでは矢沢永吉、東芝のレグザでは福山雅治といった具合だ。

 だから、印刷物に注目させたいのであれば、できるだけ人物の写真を使用した方がよいということになる。(つづく)

2010年5月26日 (水)

写真と学習 その8

下の写真を見てみよう。
Hyoujou2

 どんな人物像を想像するだろうか。にこやかで明るい好人物という印象をもつだろう。なんとなくやさしくてユーモアもありそうなお年寄りというイメージである。ジャージを着ていることからも、健康そうな感じがする。

 では、別の写真を見てみよう。

Hyoujou1

 同じ人物なのだが、明るさというものは感じられないだろう。どちらかといえば、人生に悲観しているようにも見える。ちょっと頑固なお年寄りにも見える。パジャマを着ているところから病気にも見える。

 人間は時と場合によって表情を変える。常に同じ顔をしている人はほとんどいないだろう。ところが、写真に写った一瞬の表情で、その人物の人柄までイメージされてしまうことがある。
 新聞や週刊誌で掲載されている政治家の写真などは憮然とした表情のものが多い。何かしら怪しげにも見える。それに文字が入ればさらに強調されるだろう。

 だから、メディア創造の学習においては「人物の表情」も重要な要素となる。

 子どもたちが新聞やリーフレット作りの場面で人物の写真を選ぶことがある。そのとき、「こちらの校長先生の写真の方がやさしそうだよ。」などと話し合っているはずだ。無意識に「表情」を選択の判断基準にしているのである。(つづく)

2010年5月25日 (火)

写真と学習 その7

 「一つの授業」であっても、取材の視点が異なれば、新聞に掲載される写真は異なる。
 授業をイベントと捉えて、それがもし「授業参観」であれば次のような写真が選択されるだろう。子どもと、それを見守る親の姿が対象となる。

Jugyousankan

 研究授業のような場合は、学習活動そのものが重視されるので、次のような写真が選択されるはずだ。文面としては、どのような学習活動が展開されたのか、ということが記載されることになる。

Katsudou

 全く視点を変えてみよう。「子どもの文房具」がテーマになれば、以下のような写真になるだろう。「昔ながらの鉛筆」にスポットをあてた記述がなされる。

Enpitsu_2

 また、教師の人物そのものや指導方法がテーマであれば、教師にスポットが当てられる。その教師のユニークな特長が強調されることになる。

Sensei

 われわれが日常的に見ている新聞の写真は、発信者が意図的に選択したものだ。事実は視点によって、どうにでも異なった情報として伝えることができるのである。(つづく)











 

2010年5月24日 (月)

写真と学習 その6

 新聞の写真を分類してみると面白い。
 たとえばローカルニュースの写真。
 大体、以下のように別れる。
1、イベントそのものの写真
 「祭りがあった」「スポーツ大会」があったといったものである。
 参加者が踊っているようなものそのものの写真が掲載されているはずである。
2、物の紹介
 「○○町のガイドブックが完成」「ジャンボ大根ができた」といったものである。
 たいていは、その物を作った人が一緒に記念写真的にうつっているはずである。
3、人の紹介
 「○○イベントを企画した○○さん」「コンサートをひらく○○さん」といったものである。
 その人がメインでうつっているはずである。

 (他にも、植物、動物、建物などもあるが、「物」に入れてしまってもよいだろう。)

 伝えるテーマによって、使う写真も違ってくる。
 だとすれば、同じ出来事でも違った写真を使って、違ったテーマを伝えることもできるはずだ。
 たとえば、以下の写真のような「一つの授業」を取材するとしても、伝えるテーマが異なれば撮影する写真も異なるのではないか。では、どう異なるのだろう。(つづく)

Jugyou

2010年5月23日 (日)

マッキントッシュを活用した授業講座6月12日

 熊本大学教育学部情報教育研究会の6月例会のお知らせです。
 毎月行っております。
 マッキントッシュそのものの研修というよりは、マッキントッシュの優れたメディア制作ソフトを活用しながら、メディアを活用した授業の研究を行っていく会です。
 午後は、オプション研究会として、電子黒板の活用研究を行います。
 熊本の先生はもちろん、鹿児島、大分、福岡の先生方も来られます。
 どなたでも参加できます。無料です。

Mact100612flier

熊本大学教育学部情報教育研究会+D-project

マッキントッシュを活用した授業講座

今回のテーマ

【「新聞づくり」を体験的に学ぶ】

日付:2010年6月12日(土)
場所:熊本大学教育学部附属小学校
           3階コンピュータ室
時間:午前9時〜午前11時50分 
主催:熊本大学教育学部情報教育研究会
           D-project(デジタル表現研究会)
オプション研究会:午後1時〜2時30分
準備物: コンピュータ、デジタルカメラ、USBメモリなど
*マッキントッシュをお持ちでない方のためには、こちらで準備しておりますので御連絡下さい。

 学校現場では新聞、リーフレット・ガイドブックなど、写真と文章を組み合わせて作品を作る単元が増えてきました。しかし、授業ではどのようなプロセスで行えばよいのでしょう。課題は多いはずです。
 今回のテーマは「新聞記事」。KeynoteやPowerPointなどのプレゼンテーションソフトを使って新聞記事を作り、学習としての「新聞づくり」のプロセスを学びます。
内容:
・山口修一のDVD作成連続ミニ講座
・情報交換会
・メディア創造ワークショップ
  〜新聞記事をつくる〜
 なお、午後からはオプション研究会として、電子黒板等の情報機器に関する実践研究を行います。

参加申込み:
 直接またはメールで山口修一まで

yamashu2jp@yahoo.co.jp  


「Mac-T100612.pdf」をダウンロード

2010年5月15日 (土)

熟議力ケアイ

 文部科学相のサイトに「熟議力ケアイ」というサイトができている。
 教育政策について広く意見を求め、みんなで「熟議」していこうというコンセプトだ。
 熟議とは、多くの当事者による「熟慮」と「討議」を重ねながら政策を形成していくことである。
 選ばれたほんの数名が政策を決定するのではなく、様々なの立場の人々が政策に参加できるということは、ある意味で画期的なことだ。

 熟議力ケアイのサイト
http://jukugi.mext.go.jp/

 マスコミも、政治批判するばかりではなく、こんな取組も評価するべきである。

2010年5月 2日 (日)

写真と学習 その5

 現在は、カラー写真が当たり前なのだが、今から50年ほど前は白黒写真が一般的であった。

 ここに白黒写真がある。ゴミの上にカラスがいる光景である。
Karasu1

 この写真のカラーのものもある。

Karasu2

 どちらの方が、より印象に残るだろうか。
 人によって違いはあるだろうが、私には白黒写真の方がより印象に残る。
 真っ黒いカラスがくっきりと浮かび上がっているからだろう。カラー写真の方は色が付いてるいる分だけ現実に近い。

 飯沢耕太郎氏は言う。

「モノクローム作品は、どうしても現実世界とは異質の『虚構の世界というか別世界』をそこに出現させてしまう。」(飯沢耕太郎著「写真的思考」(河出書房新社)

 たしかに、カラー作品の生々しさに比べると、白黒写真はリアルさに欠ける分だけ異なった世界の印象を受ける。それは撮影者の世界観である。見る人間をその世界に強く誘い込むことができるのだろう。

 そう考えながら、写真の彩度の調整を行うと面白い。(つづく)

2010年5月 1日 (土)

写真と学習 その4

 写真とは何か。

 ここに一枚の水飲み場の写真がある。
 だれが何のために撮影したのかを考えてみると面白い。
Suidou1

 これは、小学校6年生が、国語の学習「みんなで生きる町」の中で、ユニバーサルデザインの一つとして撮影したものである。
 二つの段違いの蛇口によって、大人も子どもも車椅子の人も無理なく水を飲めるようなデザインだと考えたわけである。

Suidou2_2  
そう考えてみると、写真には撮影者によって何らかの意味づけがなされていると考えてよい。
 つまり、写真とは

 撮影者の意味づけによる現実の切り取り

という定義付けをすることが可能だろう。

 だから、学習においては、子どもたちが実際にカメラで撮影をするということそのものに大きな意味がある。撮影者は写真の情報には含まれない周囲の状況を理解しているからである。だから、この蛇口がどのような空間にどのような高さで設置されているのかを述べることができる。撮影された写真の文脈を説明できるのである。

 一方、インターネットや図書の中から探してきた「ユニバーサルデザインの例」をそのままコピーアンドペーストしても、写真に含まれない状況は分からない。なぜ、それがユニバーサルデザインであるのかという説明を自らの言葉で語ることは難しいだろう。

 同じ写真であっても、子どもたちが実際にその場にいって自ら意味づけを行いシャッターを切るという行為がその後の学習の展開に大きな影響を及ぼすのである。(つづく)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31