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2010年11月30日 (火)

研究について思うこと 3

 一般的な「教育研究」の基本形式は次のようになることが多い。

1 今までの学問的成果の検討を行う。

2 新しい仮説を立てる。

3 実践を行う。

4 その裏付けによって仮説を検証する。

 学校でこれを行う場合、124は研究主任が一人で行うことが多い。
 そうすると、他の職員は3だけを行うことになる。
 ここで問題なのは、「仮説に沿って実践を行う」ということだけに意識が向かいがちになってしまうことだ。つまり、「研究主任が考えた仮説に従って、何かしらの研究授業を行う」という部分にだけエネルギーが注がれてしまい、124には関係しないという事態が起こってしまう。極論すれば、研究とは「仮説に沿って実践を行うこと」という意識が定着してしまうのである。

 一方、研究主任が担っている1、2、4に関しても、十分にやられているかといえばそうでもない。「今までの学問的成果の検討」を行ったり、「新しい仮説」を立てたり、「実践の裏付けによって仮説を検証」したりしているだろうか。
 少なくとも、「新しい仮説」というものを、私はあまり見たことがない。たいていは、「指導過程の工夫を行えば、子どもたちの自ら学ぶ力が育つだろう」といった抽象的なものに終始している。(つづく)

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