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2010年12月 2日 (木)

研究について思うこと 5

 ある学級で「うまくいった方法」が、別の学級でもうまくいくとは限らない。教育研究の場合、自然科学の研究のように完全に数値化できない場合が多いからである。
 だから、研究の内容を文章で語ることがどうしても必要になってくる。ここで問題になることは、何をどう語るかということだ。
 そこで、次の言葉がキーワードになる。

 「記述」と「説明」

 高根正昭氏は著書「創造の方法学」(講談社現代新書)で次のように述べている。
********************************************

 記述とは
「事実を正確に観察して記録すること」
 説明とは
「『結果』として扱われる現象と、その『原因』となる現象とを、論理的に関係させること」

********************************************

 そう考えると、多くの教育研究の文章が「記述」で終わっているものが多いことに気づく。

 以前、「ICTの活用で、子どもたちの思考力・表現力を伸ばす」というテーマで研究をしていたことがある。具体的な実践として「身の回りで問題になるようなものをデジタルカメラで撮影して、それをもとにしてスピーチやスライドショーなどで表現する」という学習を行った。たとえば、「段差のある公衆トイレ」や「手すりのない階段」といったものである。
 この学習において、子どもたちは積極的に活動を行った。スピーチもスライドショーもスムーズに行うことができた。授業後の評価も数値的に極めて高いものとなった。

 しかし、これをそのまま書いてしまっては「記述」の段階でとどまってしまう。なぜ、うまくいったのかということを「説明」しなくてはならないのである。
 ある同僚は、「デジタルカメラを操作するのが楽しかったからだ」と述べていたが、私は納得いかなかった。それでは、「スピーチやスライドショーがスムーズに行えた理由」にはならないからである。また、子どもたちはデジタルカメラの操作にはすぐに慣れてしまう。操作に興味をもつのは初期の段階だ。
 そんなときに、ある大学教授が私の実践を見て「撮影することで、ある視点で現実を切り取ることができるからだ」と「説明」してくださった。つまり、子どもたちは撮影の段階で、どの場面を切り取るのかということで思考しているので、映像に自分の言葉をつけることがスムーズにできたのである。
 このような「説明」があると、「結果」と「原因」がつながる。(つづく)

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