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2010年12月 3日 (金)

研究について思うこと 6

 「記述」と「説明」を区別して考えることは重要なことだ。

 学校の研究紀要をあらためて読んでみると、圧倒的に「記述」が多い。たとえば、一学期当初の児童の実態調査が「記述」され、授業を含む様々な実践が「記述」がされ、最後に二学期末の児童の実態調査が「記述」されるといった流れである。児童が変容した様子は数値的には分かる。教師の「指導の工夫」によって、児童が学習に興味・関心をもったり、学力が高まったりしたという「結果」が、グラフや表によって示されるからである。

 しかし、「なぜ」そのようになったのかという「説明」がなされていない。「指導の工夫」がどのような理由によって興味・関心を高めたのが論理的に述べられていない。だから、教師が行った様々な実践しか伝わってこない。

 一般的な学校の研究発表がこのような流れになっているので、教師側も「教育研究とは、うまくいった実践を発表することだ」と思いこんでしまっているのではないだろうか。もっとも、実践を行うことが教師の役割なので当然と言えば当然なのだが、その実践のプロセスでは、小さな仮説と検証を繰り返したはずだ。「こうやってみたが、うまくいかなった。だから、こうしてみた」といった具体的な試行錯誤があったはずである。そのことを記録しておくことが「説明」につながると思う。(つづく)

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