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2011年5月

2011年5月30日 (月)

プレゼンからの学び 1

【聴衆の中で話をするという経験】

 鹿児島大学の園屋先生の招聘で、5月28日(土)に鹿児島マルチメディア教育研究会でプレゼンテーションを行った。鹿児島の先生方と一緒に学習ができたことが何よりもうれしく、貴重な時間であった。

 会場に到着して、まずちょっと戸惑ったことは、会場が縦に長いということであった。いわゆる講義形式の教室ではなくコンピュータ教室であったからだ。しかも、プロジェクターの光量がそれほど明るくないので、スクリーン周辺の電灯を消すことにした。そうなると、会場前面は暗くなる。暗くなるとプレゼンターが見えなくなって、印象は弱くなってしまう。

 そこで、急遽、会場の中ほどで話すことにした。つまり聞いて下さっている方々の中で話しをするのである。そのため、iPhoneとコンピュータをブルーツースでつないで、Keynote remoteというソフトでプレゼンを制御することにした。
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 これにより、語りながら動き回ることができるので、スクリーンの横で語るという通常のプレゼンとは異なる形で行うことができた。メリット・デメリットもあるだろうが、自分にとっては新鮮な体験であった。(つづく)

2011年5月24日 (火)

研究主任だったら何をするか 15

【検証の仕方を検討する】

 「○○の工夫をすれば、子どもの学びが深まるだろう。」といった仮説の場合、検証ができない。
 要は「工夫」の中身の問題なのだ。だから、工夫を具体化・焦点化しないとならない。

 しかし、そうだとしても問題は残る。学校の研究の場合、全職員が取り組むことになるからである。1年間を通してずっと「工夫」し続けることができるのであればよいが、年に一度の研究授業のみ「工夫」することになりがちだ。だから、一学期の実態調査と二学期の実態調査に大きな変化が起こることは少ない。
 そう考えると、次のように検証方法を二つに分けた方がよいのではないだろうか。
(1)年間を通して取り組みが継続可能なもの
 たとえば、授業開始の反復練習や、授業最後の自己評価カードなどのように、どの単元でもどの学年でも取組が可能なものは、その変容を測ることは可能だろう。この場合、全職員が年間を通して取り組むことが必須の条件となる。
(2)一単元レベルでの取り組みが可能なもの
 たとえば、プロジェクト型の協同学習といった、全単元を通して実施することは不可能であるが、一単元レベルであれば取り組みが可能なものは、その単元内において変容を測ることは可能だろう。この場合は、全職員が必ずその学習スタイルで実施した単元の記録をとることが必須となる。
 いずれにしても、どのように仮説を検証するのか、研究主任は、年度当初に考えておかなければならない。

2011年5月19日 (木)

研究主任だったら何をするか 14

【調査の仕方を学ぶ】

 論証するためには、事実的・理論的な根拠を提示しなくてはならない。
 ところが、その根拠をどのように調べるかが分からない。
 多くの教育論文の客観性が乏しくなるのはそのためだろう。

 安藤明之著「初めてでもできる社会調査・アンケート調査とデータ解析」(日本評論社)は、初心者にも非常に分かりやすい本だ。
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 統計の基本的な言葉からの解説がなされている。
 研究のための調査をする教師には役立つだろう。(つづく)

2011年5月18日 (水)

研究主任だったら何をするか 13

【論文の書き方を学ぶ】

 研究主任であるならば、3学期に学校の教育論文をまとめる必要があるだろう。そこで、ここ数日は論文関連の書籍を読むことにした。
 戸田山和久著「論文の教室」は大学生でも読みやすい内容になっている。
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 その中でこの文章が目に付いた。
************************
 論文には次の三つの柱がある。
 (1)与えられた問い、あるいは自分で立てた問いに対して、
 (2)一つの明確な答えを主張し、
 (3)その主張を論理的に裏づけるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する。
 これが論文の定義だ。
 戸田山和久著「論文の教室」(NHKブックス)1120円
************************
 学校の教育論文はこのよう柱になっていないことが多い。まず「大きすぎる研究テーマ」があって「検証不可能な仮説」と続き、「授業の実践報告」がいくつも組み合わされていく。最後は「成果と課題」が言葉で語られ、「研究は緒に就いたばかりである。」などという言葉で締めくくられる。
 そもそも教育論文とはどうあるべきなのだろう。(つづく)

2011年5月17日 (火)

企画するから学べる

 熊本大学教育学部情報教育研究会の5月例会は14日(土)に行われた。
 40名の参加者で会場は満席となった。
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 一学期の研究会の大きなテーマは三つ。

 (1)iPhoneやiPadなどの携帯情報端末の利用
 (2)写真撮影術
 (3)国語科の授業術

 上記の三つに関して詳しい先生方にお願いして講師をしてもらっている。
 自分がもっとも知りたいことなので、実に面白い。

 しかし、自分にとっては、この会は非常に緊張感がある会でもある。
 緊張感がある理由は、ワークショップの企画は私が行うからである。4月は「人物を撮る」。5月は「自然を撮る」がテーマであった。

 うまくいくか失敗するか分からない。しかも、自分もやりながら学ぶので、準備をする段階で本を何冊も読まざるをえない。ワークショップの最初の場面では、そうやって学んだことをレクチャーしなくてはならないので、自分の言葉にしておく必要がある。だから、例会の前の週に、自分でも練習を行って試しておかなければならない。授業と同じなのだ。

 次回6月18日(土)のワークショップのテーマは「授業を撮る」。実際に二人の先生に教室で模擬授業を行ってもらい、その様子を全員で撮影するという企画である。これもまたうまくいくかどうかは分からない。「授業を撮る」とはどのようなことなのか、広く調べて深く考える。企画するから学べる。

2011年5月11日 (水)

鹿児島での教育研究会のご案内

テーマ「学びを深めるICTの活用」

〜児童・生徒の学びを深めるために、どんな授業設計を行うか?〜

主催:鹿児島県マルチメディア教育研究会
日時:5月28日(土)午後2時〜午後5時
場所:かごしま県民交流センター 西棟5階 制作演習室
講師:熊本大学教育学部情報教育研究会 本ブログ担当者

備考:会員以外の方の参加もOKです。

参加希望される方は参加申し込みのサイトからお申し込みください。

また、QRコードでも参加申し込みができます。

Qr_code

2011年5月10日 (火)

研究主任だったら何をするか 12

【研究授業のあり方を提案する】

 研究テーマに沿った研究授業を年に一回行うことが「研究」になっていることがある。研究授業の時だけは力いっぱい行うのだが、その前後は何も行われていないという状態である。これだと、子どもの力はつかない。
 その意味では、研究授業で何を提案するかを全体に示しておくことは重要である。
 たとえば、以下のように示す。

 1、研究授業においては、その単元の学習設計全体を提案すること。
 2、本時に向かうまでの前時までの授業の様子を写真や動画などで示すこと。
 3、成果だけではなく、課題も具体的に述べること。
 4、研究授業の単元に至るまでの他の関連する単元の様子も写真や動画などで示すこと。
 5、児童の変容はできるだけ具体的・客観的に示すこと。
 6、研究授業の後の取組も記録しておき、3学期には年間の取組と成果を提案すること。(成果報告会)

 このような取り決めをしておくと、研究授業時の提案や3学期の成果報告会に向けて、職員は取組を記録しておかなければならなくなる。職員の情報活用能力も一緒に高めていくのである。(つづく)

2011年5月 9日 (月)

研究主任だったら何をするか 11

【学校における実践研究を充実させるために】

 大阪教育大学教授の木原敏行先生が監修された「学校における実践研究を充実させるために〜その企画・運営の工夫を学ぶハンドブック〜」という冊子がある。
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 これは、学校研究の基本的な考え方から研究テーマの策定、研究計画、授業研究の企画・運営、若い教師への配慮、研究発表会、研究紀要の作成といった学校研究に必要な内容が具体的に示されているものである。
 幸い「パナソニック教育財団」からPDFでダウンロードできる。

 研究主任必読の一冊だ。

2011年5月 7日 (土)

研究主任だったら何をするか 10

【情報活用能力の評価 2】
 向後千春氏の5つの学習成果の分類枠は、情報活用能力を評価するのに役立つ指標となるはずである。
 参考:「情報活用能力の評価」
 言葉が難しいので、このままでは通常の学校現場では受け入れにくいので、平成22年に文科省から通知された指導要録の4つの観点に沿ってシンプルに整理することにした。
 参考:児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について

1、運動技能(技能)
 情報機器を活用するための技能(タイピングなど)

2、言語情報(知識・理解)
 情報手段やネットワークなどの仕組みや特性の理解

3、知的技能(思考・判断・表現)
 (1)問題に応じた情報を収集する力
 (2)情報を読み取り整理する力
 (3)表現しコミュニケーションする力

4、認知的方略(思考・判断・表現)
 学び方の学び

5、態度(関心・意欲・態度)
 学習への参加と情報社会に参画する態度

 以上のことを踏まえて、国語科の教科書単元を見直してみると、様々な学習における到達目標が見えてくるはずである。
 たとえば、3年生の単元「気になる記号」においては、「3知的技能」が大きく関わってくる単元になる。それを具体的な目標のレベルに直してみる。たとえば、以下のような形になる。
 (1)自分の問題を設定し身の回りにある記号を集めることができる。
 (2)集めた記号を、比べたりまとめたりして整理することができる。
 (3)形式に沿った文書にし発表し合い感想を伝え合うことができる。
 3年生の単元「ローマ字」「コンピュータのローマ字入力」は、「1運動技能」が関わるので、次のような到達目標が考えられる。
 ・ローマ字の表記の仕方を覚え、正しい指使いでタイピングができる。
 5年生の単元「インターネットを使って調べる」「ゆるやかにつながるインターネット」は、「2言語情報」が大きく関わるので、次のような到達目標が考えられる。
 ・インターネットの仕組みや特性を理解することができる。

 このような作業を研究主任が一人で行うのではなく、時間をとって教師が集まり、全員で到達目標を書き出していく作業が重要になる。なぜならば、そのことによって、学年を貫いた情報活用能力の全体像が共有できるからである。(つづく)

2011年5月 6日 (金)

5月14日(土)の情報教育研究会

 情報教育研究会+D-Project 5月例会のお知らせです.
 今回も盛りだくさんです。
 アップルジャパン・エデュケーション本部による特別プレゼンテーションもあります。
 前回好評だった佐藤先生による国語科授業連続講座の第2回は、『「話型・聴型」の功罪』です。

 どなたでも参加できますので、お気軽にご参加ください。
 参加申し込みをお待ちしています。
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熊本大学教育学部情報教育研究会+D-project
『情報教育と言語活動』
-対話型の学習をつくる-

■日時:2011年5月14日(土)
             午前の部:9時~正午  午後の部:1時~3時
■場所:熊本大学教育学部附属小学校3階コンピュータ室
■主催:熊本大学教育学部情報教育研究会
       D-project(デジタル表現研究会)
■参加費:無料

【午前の部】 9時~正午
■マッキントッシュ教育活用
写真撮影スキルアップ

<準備物:デジタルカメラ+パソコン>
 良い写真を撮ることができれば、教材づくり・ 授業づくりの幅がぐんと広がります。写真撮影の ための知識や技術は、これからの教師にとって必要なものになるでしょう。今回の講座では塚本光夫熊大情報研会長によるミニ講座と撮影のワークショップを通して、写真活用のスキルアップをはかります。

*マッキントッシュをお持ちでない方のために、こちらで準備しますので、事前に御連絡ください。


■特別プレゼンテーション
 最新の教育事例
 コンピュータやiPadなどの情報端末を教育にどう活かすか。アップルジャパン・エデュケーション本部からの最新の活用事例に関する特別プレゼンテーションです。お聞き逃し無く!

【午前の部】
■ミニ講座  役立つiPhone・iPadの使い方
 いよいよiPad2が発売されました。興味は あるけど、使い方が分からないという方も多いでしょう。そんな方のために、山口修一熊大情報研副会長が10分間の連続ミニ講座を行います。

【午後の部】 1時~3時
■佐藤俊幸先生
国語科授業連続講座

第2回:「話型・聴型」の功罪

 ~話型や聴型は必要なのか?
   型に頼らない指導とは?~

 国語科授業の達人・佐藤俊幸先生(登立小教頭)から、具体的な授業の様子を通して学べる滅多にない機会です。どなたでも遠慮なくご参加ください。 第1回は大好評でした。


午前のみ・午後のみの参加も可能です。 昼食が必要な方は500円で受け付けます。

参加申込み:事前にメールで山口修一まで  
yamashu2jp@yahoo.co.jp 


「Mac-T110514.pdf」をダウンロード

2011年5月 5日 (木)

研究主任だったら何をするか 9

【情報活用能力の評価 1】

 研究によって何を成果にするべきかは見えてきた。子どもたちに身に付けさせなくてはならない情報活用能力も具体的になってきた。
 問題は、その情報活用能力が身についたということをどのように評価するかである。4月5日のブログでも述べたが、向後千春氏は、以下のガニエの五つの学習成果の分類枠を利用して、情報活用能力を具体的に再定義している。

1、運動技能

2、言語情報

3、知的技能

4、認知的方略

5、態度

赤堀侃司編著『高度情報社会の中の学校』
(『学校変革実践シリーズ』第3巻、ぎょうせい、1997.11)

 この主張をもとに、情報活用能力の評価方法について具体的に考えていきたい。(つづく)

2011年5月 4日 (水)

研究主任だったら何をするか 8

【成果を具体的にイメージする3】

 2010年の11月から12月のブログで「研究について思うこと」として書いた文章がある。長くなるが、ここでまとめて取り上げてみることにする。
 大切なことは、「研究紀要」とはうまくいった研究授業の様子を「記述」するものではないということだ。「結果」と「原因」を論理的につなぐための「説明」がなされないと研究とは言えず、一般の教師にも役立たない。そのためには、うまくいかなかった事実も記録しないとならないし、研究する側の論理的な思考力も鍛えなければならない。
 そう考えると、いかに「説明」をしていくかといったことも、研究の「成果」の範疇に入れておく必要がある。

2010年11月24日 (水)
研究について思うこと 1
 そもそも「研究」とは何だろう。
 大辞林には次のように書いてある。
 「物事について深く考えたり調べたりして
  真理を明らかにすること」
 日本語大辞典(講談社)には次のように書いてある。
 「広く調べ、深く考えること」
 いずれにしても、「調べる」「考える」という言葉が出ている。
 学校における「研究」は、この「調べる」「考える」があるのだろうか。
 学校の研究紀要を見てみると、ほとんどが以下のような構成になっている。
******************************************


1、研究テーマ
 以下のような遠大な言葉が含まれているものが多い。
 「学びを育む」「豊かな学び」
2、研究の仮説
 たとえば、こういうものが多い。
 「興味関心を高める指導過程の工夫を行えば、子どもたちの自ら学ぶ力が育つだろう。」
 当然といえば、当然すぎる文脈だ。重要なのは「工夫」の内容だ。
3、授業の実際
 実践報告というか授業事例がいくつか掲載される。
 単元名があって、指導過程が記述されている。
4、成果と課題
 研究の前後の子どもたちの実態が数値で示されていることもあれば、文章で「以前よりも、積極的に考える姿が見られるようになった。」と記されていることもある。
******************************************
 このようなの流れの中で、教師が「調べる」「考える」ということを行っているだろうか。ひょっとしたら、考えているのは研究主任だけで、あとの教師は年に一度の研究授業を文章化しているだけではないだろうか。
 だとすれば、学校の研究は「研究」ではなくて、「実践」を報告しているだけではないだろうか。(つづく)

2010年11月25日 (木)
研究について思うこと 2
 研究とは「深く考える」「広く調べる」ということだ。
 ところが、学校における研究では、
「研究テーマに沿って、何かの実践を行う」
 と捉えられていることが多い。
 だから、教師にとって、研究主任が立てた仮説に合わせた「研究授業」を行うことが研究のメインになってしまいがちだ。
 たとえば、「対話」が仮説の中心となれば、自分の研究授業にどうやって「対話」の場面を入れようかと考えてしまう。
 本来、「そもそも対話とは何か」「なぜ対話が必要か」「本当に対話が必要なのか」といったことを深く考えるべきではないか。そんなことを考えたり、対話に関する文献を調べたりしていくうちに、対話の本質が見えてくるはずだ。(つづく)

2010年11月30日 (火)
研究について思うこと 3
 一般的な「教育研究」の基本形式は次のようになることが多い。
1 今までの学問的成果の検討を行う。
2 新しい仮説を立てる。
3 実践を行う。
4 その裏付けによって仮説を検証する。
 学校でこれを行う場合、124は研究主任が一人で行うことが多い。
 そうすると、他の職員は3だけを行うことになる。
 ここで問題なのは、「仮説に沿って実践を行う」ということだけに意識が向かいがちになってしまうことだ。つまり、「研究主任が考えた仮説に従って、何かしらの研究授業を行う」という部分にだけエネルギーが注がれてしまい、124には関係しないという事態が起こってしまう。極論すれば、研究とは「仮説に沿って実践を行うこと」という意識が定着してしまうのである。
 一方、研究主任が担っている1、2、4に関しても、十分にやられているかといえばそうでもない。「今までの学問的成果の検討」を行ったり、「新しい仮説」を立てたり、「実践の裏付けによって仮説を検証」したりしているだろうか。
 少なくとも、「新しい仮説」というものを、私はあまり見たことがない。たいていは、「指導過程の工夫を行えば、子どもたちの自ら学ぶ力が育つだろう」といった抽象的なものに終始している。(つづく)

2010年12月 1日 (水)
研究について思うこと 4
 そもそも「仮説」という言葉が分かるようで分からない。
 簡単に言えば、「○○すれば□□になる。」という「原因」と「結果」をむすびつけて、その関係性を述べること。これが「仮説」だと言えよう。
 そう考えると、われわれは日常的に「仮説」を立てて行動している。
 たとえば、「西の山が雲で隠れているので、今日は雨が降る。」と考え、「傘をもっていく」というようなことはけっこう多い。
 一方、教育研究の仮説は、やたらと大きいものが多い。「興味関心を高める指導過程の工夫を行えば、子どもたちの自ら学ぶ力が育つだろう。」などは、その顕著な例であろう。その「結果」になるような「工夫」を行うわけなので、当然と言えば当然の文脈となる。「ごはんをたくさん食べれば、おなか一杯になるだろう。」と言っているようなものである。
 だから、「仮説の検証」の段階になれば、そのほとんどが「検証された」ということになり、子どもたちは見事に「自ら学ぶ力が育った」ということになる。
 教育研究のような社会科学においては、授業一つとってみても、教師の指導技術・子どもの人間関係・学級経営・教室環境などの様々な要因があって、簡単に「検証」はできないはずだ。
 そう考えると、教育研究においても、対象を焦点化し具体的な仮説にしなければ、「研究」にはならないのではないだろうか。(つづく)

2010年12月 2日 (木)
研究について思うこと 5
 ある学級で「うまくいった方法」が、別の学級でもうまくいくとは限らない。教育研究の場合、自然科学の研究のように完全に数値化できない場合が多いからである。
 だから、研究の内容を文章で語ることがどうしても必要になってくる。ここで問題になることは、何をどう語るかということだ。
 そこで、次の言葉がキーワードになる。
 「記述」と「説明」
 高根正昭氏は著書「創造の方法学」(講談社現代新書)で次のように述べている。
********************************************
 記述とは
「事実を正確に観察して記録すること」
 説明とは
「『結果』として扱われる現象と、その『原因』となる現象とを、論理的に関係させること」
********************************************
 そう考えると、多くの教育研究の文章が「記述」で終わっているものが多いことに気づく。
 以前、「ICTの活用で、子どもたちの思考力・表現力を伸ばす」というテーマで研究をしていたことがある。具体的な実践として「身の回りで問題になるようなものをデジタルカメラで撮影して、それをもとにしてスピーチやスライドショーなどで表現する」という学習を行った。たとえば、「段差のある公衆トイレ」や「手すりのない階段」といったものである。
 この学習において、子どもたちは積極的に活動を行った。スピーチもスライドショーもスムーズに行うことができた。授業後の評価も数値的に極めて高いものとなった。
 しかし、これをそのまま書いてしまっては「記述」の段階でとどまってしまう。なぜ、うまくいったのかということを「説明」しなくてはならないのである。
 ある同僚は、「デジタルカメラを操作するのが楽しかったからだ」と述べていたが、私は納得いかなかった。それでは、「スピーチやスライドショーがスムーズに行えた理由」にはならないからである。また、子どもたちはデジタルカメラの操作にはすぐに慣れてしまう。操作に興味をもつのは初期の段階だ。
 そんなときに、ある大学教授が私の実践を見て「撮影することで、ある視点で現実を切り取ることができるからだ」と「説明」してくださった。つまり、子どもたちは撮影の段階で、どの場面を切り取るのかということで思考しているので、映像に自分の言葉をつけることがスムーズにできたのである。
 このような「説明」があると、「結果」と「原因」がつながる。(つづく)

2010年12月 3日 (金)
研究について思うこと 6
 「記述」と「説明」を区別して考えることは重要なことだ。
 学校の研究紀要をあらためて読んでみると、圧倒的に「記述」が多い。たとえば、一学期当初の児童の実態調査が「記述」され、授業を含む様々な実践が「記述」がされ、最後に二学期末の児童の実態調査が「記述」されるといった流れである。児童が変容した様子は数値的には分かる。教師の「指導の工夫」によって、児童が学習に興味・関心をもったり、学力が高まったりしたという「結果」が、グラフや表によって示されるからである。
 しかし、「なぜ」そのようになったのかという「説明」がなされていない。「指導の工夫」がどのような理由によって興味・関心を高めたのが論理的に述べられていない。だから、教師が行った様々な実践しか伝わってこない。
 一般的な学校の研究発表がこのような流れになっているので、教師側も「教育研究とは、うまくいった実践を発表することだ」と思いこんでしまっているのではないだろうか。もっとも、実践を行うことが教師の役割なので当然と言えば当然なのだが、その実践のプロセスでは、小さな仮説と検証を繰り返したはずだ。「こうやってみたが、うまくいかなった。だから、こうしてみた」といった具体的な試行錯誤があったはずである。そのことを記録しておくことが「説明」につながると思う。

2011年5月 3日 (火)

研究主任だったら何をするか 7

【成果を具体的にイメージする2】

 研究発表会以外の成果といえば、すぐに「研究紀要」ということになるのだが、必ずしもそれだけではないだろう。
 そもそも、研究とは、何かの問題を解決するために広く調べたり深く考えたりすることなので、問題そのものが解決できていないならば意味がないはずだ。
 特に、研究発表を行うような研究指定校の場合、その地域の教育活動の改善に貢献することも成果となる。地域の学校が欲している指導のノウハウをまとめたり、必要となる教材・教具をパッケージにすることも成果となるのではないか。
 たとえば、子どもたちの情報活用能力を評価するための「評価シート」や、それぞれの授業で使用した「ワークシート」の類もブラッシュアップされていれば役立つ資料となる。研究授業のために作成した指導案も授業研究会の後に改善や改良されていれば、立派な資料となるだろう。
 そういうものを作成するということが前提になれば、取り組み方も異なってくるはずである。(つづく)

2011年5月 2日 (月)

研究主任だったら何をするか 6

【成果を具体的にイメージする1】

 成果を具体的にイメージしておきたい。
 たとえば、来年度の11月か12月に研究発表会を開催するとしよう。成果は「子どもたちの姿」となって現れるはずである。情報機器を活用して発表したり、自分たちの学習活動を評価したり、あるいは情報手段の特性について学び合ったりする場面を示したい。また、教師がデジタル教科書を効果的に活用して、子どもたちが十分に話し合ったりして考えている姿も示したい。

 そのためには、ある程度、2学期の単元を選択しておく必要があるだろう。
 10月から11月に行われる単元を知っておくと、見通しがつく。

 情報活用能力に関しては、このような単元が研究発表会用に公開する学習としてピックアップできるだろう。
 1年 「しらせたいな、見せないな」
 2年 「友だちのこと、知りたいな」
 3年 「ローマ字」
 4年 「仕事リーフレットを作ろう」
 5年 「グラフや表を引用して書こう」
 6年 「『平和』について考える」

 また、教師がデジタル教科書を活用して授業を行うような場面であれば、以下のような単元がピックアップできるだろう。
 1年 「くじらぐも」「じどう車くらべ」
 2年 「お手紙」「かん字の読み方」
 3年 「修飾語」「漢字の意味」「にた意味の言葉、反対の意味の言葉」
 4年 「アップとルーズで伝える」
 5年 「天気を予想する」「ゆるやかにつながるインターネット」
 6年 「『鳥獣戯画』を読む」「この絵、わたしはこう見る」

 もっとも、変更しても全くかまわない。要は、成果を具体的にイメージしておくと、これからやるべきことが見えてくるということである。(つづく)

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