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2011年6月22日 (水)

授業を撮影するということ3

【板書・教材】
 自分自身が撮影してきた授業記録(自分のも他人のも含めて)の中でも多くあるのが、板書や子どもたちに提示してきた教材の写真である。
Banshokyouzai
 子どもたちにとっては考えるための根拠になるし、思考の足跡にもなる。教師自身も最も注意をはらうところである。授業における視覚情報として、授業者も学習者も授業を観察している者も重視しているのが板書・教材なのである。
 授業記録として自分の板書を撮影していくこともある。これは、やってみると分かるのだが、自分自身の悪筆に愕然となることもある。逆に言えば、自分の板書を改善しようと心がけたいのであれば、意図的に板書の撮影をしていくことである。
(つづく)

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