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2011年9月26日 (月)

学校の研究はなぜ実践報告になってしまうのか 4

【それって何?】

 学校内で研究を行う際に絶対に必要な力が「言葉の意味を知る力」だ。
 先の例で言えば「協同学習」の意味は分かっているようで分かっていない状態だった。職員に共通理解できていないのである。言葉に対して共通の認識をもっていなければ、共同研究は不可能だろう。それぞれがバラバラの言語をしゃべっているようなものだからだ。

 それを防ぐためには、研究主任として提案する場合でも、一職員として提案を受け入れる場合でも、言葉一つ一つに敏感でなくてはならない。
 「協同学習って何?」
 「研究って何?」
 「仮説って何?」
 「自己評価って何?」
 自分は実は分かっていないということを出発点にするべきだ。
 それから当然調べる。日本語辞典、ネット検索も必要だろう。教育用語事典なども活用できる。便利なのは教育工学事典だ。関連する様々な情報が一度に得られる。
 言葉の定義は様々だが、研究テーマの文脈から最も適するものを選択していけばよいだろう。後は関連する書籍を検索して読む必要がある。たとえば、amazonで「協同学習」で検索すれば208件の書籍がリストアップされる。

 このように、学校の研究に登場する「言葉一つ一つ」に対して、赤ん坊になったつもりで「それって何?」と自分に質問してみることが重要だ。
Sorettenani
自分でうまく答えられなければ「実は分かっていない」ということだからだ。(つづく)

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