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2011年9月23日 (金)

学校の研究はなぜ実践報告になってしまうのか 1

 学校の研究紀要や教育論文は次のような流れで書かれていることが多い。

 1、研究テーマ+テーマ設定の理由
 2、研究の仮説
 3、研究の構想図
 4、授業実践
 (1)授業実践1
 (2)授業実践2
 (3)授業実践3
    ・・・・
 5、成果と課題

 学校文化にどっぷりと浸かっていると、これに何も問題を感じない。

 ちなみに、学会などの論文は次のような流れで書かれていることが多い。もっとも、言葉が異なっていることはあるが、大まかには以下のような流れだろう。
 1、研究テーマ
 2、研究のあらまし
 3、問題の所在+先行研究(はじめに)
 4、目的
 5、方法
 6、結果
 7、考察
 8、まとめと課題

 学校の研究は、職員全体で取り組むために、テーマも大きなものが多い。
 「生き生きと学び合う子どもの育成をめざして」
 「自ら考え、主体的に判断して、行動できる児童の育成」
 「豊かな心をもち、主体的に生きる生徒の育成」
 あまりにも大きいので、サブテーマをその下に置くことが多い。たとえば以下のようなものである。
 「〜対話を核とした国語科授業の創造〜」
 「〜基礎・基本の定着をはかる算数科授業をめざして〜」
 「〜伝え合う力の向上をめざして〜」

 問題は、研究仮説に対して授業実践がいくつか並べてあるだけで、仮説の検証になっていない場合が多いということだ。単なる「実践報告集」になっている場合があるのではないだろうか。その授業が本当に効果があったのか。効果があったとすれば、その原因は何なのか。効果がなかったとすれば、その原因は何なのか。根拠を示して論理を展開するべきではないのだろうか。(つづく)

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