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2011年9月29日 (木)

学校の研究はなぜ実践報告になってしまうのか 7

【本質を知る力】

 以上、「それって何」「根っこ読書術」「ネット論文検索」といった話題を投げかけた。「分かっているようで実は分かっていない事柄」を自分なりに調べて考え明確にしていくことを「本質を知る力」という言葉でまとめてみることにする。樹木にたとえて言えば、地上で露出している枝葉だけではなく、地下にあって通常は見えない根の部分を知るような力である。
Honshitsuwo
 数年前からPISA調査が教育界で話題になっており、PISA型読解力を研究テーマにしている学校も増えている。実践を見ると図表やグラフ等に含まれている情報について対話によって考えているような授業が多い。しかし、ここで次のような疑問がわき上がってくる。
 「PISAって何の略なの?」
 「OECDって何なの?どんな組織なの?」
 「そのOECDがなんで学力テストやってるの?」
 「テストにはどんなものがあって、誰がつくってどうやって採点するの?」
 「どれだけの数の国が参加しているの?」
 こんな疑問は調べれば数分で答えが出てくるようなものだ。
 このようなPISAの本質にかかわる部分を知らずに、図表・グラフによる対話の指導研究だけをやっていては、PISA型読解力の研究をしているとは言えないだろう。

 学校の研究が、とにかく実践重視型になるのは強みではあるが弱みでもある。一つ一つの言葉に敏感になって、問題のベースになる部分を明らかにするべきだ。(つづく)

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