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2011年11月 3日 (木)

熊大情報研10月例会 その3 授業を見る視点

 ICTの活用という視点で授業を考察してみる。
 二つの授業は非常に面白く感じた。今回は、その理由を述べてみたい。
 大久保先生のICT活用は「写真」の有用性だ。
 大久保先生は、まず「休み時間に、みんなはどんなことをして遊んでいるかな。みんなが遊んでいるところを写真にとりましたので、見て下さい。」と述べて、休み時間の様子をスライドショーで提示した。
Ookubo1
学級活動は道徳とは異なり、学習したことがすぐに生活に生かされることが求められる。日常の光景を子どもたちに提示することは体験を想起させ共有化することができるという意味で極めて効果的だ。実際の授業では、子どもたちも夢中になって見るだろう。何しろ「自分たちの日常」なのだ。それに続けて「よかったな・うれしかったな、と感じたことがなかったかな?」と問うている。この授業の展開がスムーズであった。
 また、授業の後半では、子どもたちの意見を黒板にはった後、「ほんとうにできるかな?やってみよう」とよびかけ、一枚の写真を提示し「ともだちが一人、みんなが遊ぶところを見ています。どんな言葉でさそうかな。」と問いかけている。
Ookubo2
写真の中の「一人の友だち」に話しかけるという限定した状況を設定することによって、子どもたちの思考は焦点化され言葉は極めて具体的になっていくだろう。もしも写真を使わずに考えさせたら、回答もばらばらになるだろう。それぞれの子どもたちが頭に思い浮かべる「一人の友だち」は異なるものになるからである。大久保先生の授業では、写真が極めて効果的に使用されていると言えるだろう。

 高木先生のICTの活用は「音」を組み立てる面白さだ。
 音を並べ替えるという作業は、従来のレコードやテープの時代では不可能に近かった。音は一つの線路を順序よく「流れていく」ものであり、聴く側は、それをそのまま鑑賞するということしかできなかった。その場合、子どもたちによって「聴こえている音」が異なる。楽器の音色に気づく子どももいれば、メロディラインの重なりに気づく子どももいる。しかし、大半の子どもたちは、その子たちの感想が理解できない。なぜならば、根拠となる音が消えているからである。
 高木先生の授業では、三つの音楽を並べ替えるという活動を行うことによって、それぞれの音楽の違いに気づかせようとした。実際の授業の場面でも「一番目と二番目はメロディが似ているけど、三番目はテンポが速くてせかされている感じがする」という感想が出されている。
Takagi
「三つの音楽をオリジナルの状態に並べ替える」という課題があるからこそ、最初は漠然と聞こえていた音楽が、急にメロディや音色が鮮明になっていく。(もしも、iPadのような端末があれば、何度も聞き比べて話し合いながら並べ替える作業も可能になるだろう。)音を「見える」状態にすることによって、根拠を残そうとしたのである。これもICTならではの効果的な使い方だと言える。

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