【第13時 その後の兵十の行動を考える〜評論文を書く】
研究授業向きではないのだが、子どもたちが授業の最後にそれぞれが「問い」の答えを書いて提出するという方法を、私はけっこう気に入っている。
なぜならば、教師はそれぞれの意見をすべて把握してから授業を組み立てることができるからだ。
前回の問いは「この後、兵十はどうしたのか。」である。
子どもたちの答えを読んでみると、多かったのが「ごんのおはかをたてて、おまいりをする。」というものであった。その中でも次のような二つの意見を見つけた。
A:兵十は、ごんがすんでいた山にうめたと思います。
B:兵十は、ごんを家の近くのおはかに入れたと思います。
Aは、おはかの場所が「山の中」なのに対して、Bは「村の中」である。この二つを取り上げることにした。山の中か村の中かを考えさせると、ごんの村に対する思いを想像することができるし、兵十の心情も考えさせることができるからである。
授業開始と同時に、子どもたちの「この後、兵十はどうしたのか。」に対する答えの意見を言わせた。その後、私は次のように述べた。
「今、意見を聞いたように、『ごんのおはかを作って、おまいりをした』という意見がとても多かったのです。でも、○○くんは『山の中にうめた』というし、□□さんは、『村の中にうめた』と言っています。では、どちらなのでしょう。」
話し合わせる前に挙手をさせた。
山の中:14名 村の中:20名。
全体での話し合いの前にグループ内で話し合わせる。これは、けっこう盛り上がっていた。二つに一つだからであろう。
全体での話し合いでは、次のような意見が出された。
A:山の中にうめたと思います。なぜならば、ごんのお母さんの住んでいるふるさとの山にいっしょにうめたかったからです。
B:村の中にうめたと思います。1の場面で、ごんは村の中でいたずらをしようとしています。これは食べ物がほしかったらからではなく、さびしくてかまってほしかったからです。だから、村の中に入りたいとごんは思っていたはずです。
B:村の中にうめたと思います。1の場面に「これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。」と書いてあります。村の中におはかがあったから、兵十はだれかに話をしたのだと思います。それが茂平にも伝わっていったのだと思います。
様々な意見が出たが、最終的には圧倒的多数で「村の中」ということでまとまっていった。そこで、次のように板書した。
「ごんは、自分の村にごんのはかを作ったのだろう。なぜならば、ごんは村に入りたかったからだ。それは、ごんが一人ぼってでさびしかったからである。また、村にはかを作った兵十は、ごんの話をだれかに伝えたにちがいない。それが村人に伝わっていったのだろう。だから、茂平はこの話を知っていたのである。」
「村の中」か「山の中」かという問いは面白かった。これは次の本に触発されていなかったら、思いつかなかったはずだ。浜上薫先生に心より感謝したい。
浜上薫著「『分析批評』で思考力を育てる」(明治図書)
この後の時間は、評論文を書かせた。そして、最後の2時間を使って、絵本を使った授業を行うことになる。(つづく)
最近のコメント